・・・何日たっとると思てんねん?
「え〜、立春というのにまだまだ寒い日が続きます」なんて、視聴者をバカにしていつまでアホなコメント続けてんねん、各局のアナウンサーさん。
毎年くどくどと言っているが、立春は冬至と春分のど真ん中で、あくまでも「光(日照時間)の春」の始まりにすぎない。「気温の春」にはまだ遠く、この時期がもろに「寒さの底」となる。寒いの当たり前だってばwww
んで、立春といえば「銀座の巨匠」からお便りが届く時期。毎年ありがたいことだ。
焙煎機、ミル、琺瑯(ホーロー)ポット、コーヒーカップ・・・等々、毎年テーマを絞って研究・開発を続けてこられた巨匠が、ついにオールドコーヒーの短期熟成に着手されるとは!!
どっちみち比較検証のために通常熟成の出来を待たねばならないわけだが、熟成期間10年とすれば結論が出るとき、巨匠はなんと齢110歳をこえておられるはずだ。
そのとき結果をうかがうのが今から楽しみだ・・・
2015年2月12日木曜日
ちょっと日が空いたから連投
音楽の趣味が雑食なのはともかく、クラシックなども多少はたしなむ・・・というのは正しくないな、比較的抵抗が少ないのは、ガキの頃、親父がよく聴いていたからだと思う。
自分にとっては高価だったLP盤も、クラシックなら父親が許せば買ってもらえた。
まぁ、「わしが買うからお前にも聴かせて(貸して)やる」的な建前だったがwww
だけど、いくらクラシックでも「キワモノ」「色物」の類いは、許可が下りなかった。
それが何かというと、ウォルター(改め、ウェンディ)・カーロスのシンセサイザー、グレン・グールド、そしてアンソニー・ニューマンだった。
ちなみにこのお三方、当時「CBSソニー」クラシック部門の「ニュー・クラシック御三家」的な扱われ方だったように記憶する。なんと大雑把な・・・
W・カーロスの『スィッチト・オン・バッハ』は「電子音は音楽ではない」という理由。
グールドは「ピアノでバッハを弾いたところで本物であるはずもない」。
アンソニー・ニューマンに至っては「何をやる奴か、まったく得体が知れない」というような他愛もない理由だったような気がする。
別に親父が厳格で頭が固かったわけではなく、当時の世評というか風潮がそんなもんだったのだ。
余談ながら、シンセサイザー奏者でも「世界のトミタ」冨田勲については何も言わなかった気がするが、僕自身がまだよく分かってなくて話題にするのを避けていただけかもしれない。
で、そのアンソニー・ニューマン、チェンバロでバッハを「新解釈」で弾き、当時まだ一般的ではなかった古楽器演奏に対する造詣も深く、かと思えばワグナーの管弦楽曲を教会の大オルガンでスペクタクルに弾きまくる。
そりゃ、わけわからんわな。いわゆる「鬼才」といわれた人だ。
彼の日本でのデビュー盤となったのが『ゴールドベルク変奏曲』。全曲うpしてくだすった奇特な方に感謝。
おかげで僕も初めて通して聴くことができたのだが、一聴して分かるようにきわめてオーソドックスでありながら、一筋縄でいかないリリカルさを秘めている。だが、感覚的というよりは、時代考証とかもひとしきりちゃんとやったうえで自信を持っての確信犯的な結果であるように聴こえる。
その点では、行きつく先は180度違うものの、グールドと相通じる姿勢がたしかにあるのかもしれない。ま、それこそ、現在だからそう言えることなのだが・・・
70年代中盤以降は表舞台から姿を消したように思われがちなアンソニー・ニューマンだが、いまでもばりばり現役で学究肌の演奏は健在。また、作曲家としても多く活動している。
自分にとっては高価だったLP盤も、クラシックなら父親が許せば買ってもらえた。
まぁ、「わしが買うからお前にも聴かせて(貸して)やる」的な建前だったがwww
だけど、いくらクラシックでも「キワモノ」「色物」の類いは、許可が下りなかった。
それが何かというと、ウォルター(改め、ウェンディ)・カーロスのシンセサイザー、グレン・グールド、そしてアンソニー・ニューマンだった。
ちなみにこのお三方、当時「CBSソニー」クラシック部門の「ニュー・クラシック御三家」的な扱われ方だったように記憶する。なんと大雑把な・・・
W・カーロスの『スィッチト・オン・バッハ』は「電子音は音楽ではない」という理由。
グールドは「ピアノでバッハを弾いたところで本物であるはずもない」。
アンソニー・ニューマンに至っては「何をやる奴か、まったく得体が知れない」というような他愛もない理由だったような気がする。
別に親父が厳格で頭が固かったわけではなく、当時の世評というか風潮がそんなもんだったのだ。
余談ながら、シンセサイザー奏者でも「世界のトミタ」冨田勲については何も言わなかった気がするが、僕自身がまだよく分かってなくて話題にするのを避けていただけかもしれない。
で、そのアンソニー・ニューマン、チェンバロでバッハを「新解釈」で弾き、当時まだ一般的ではなかった古楽器演奏に対する造詣も深く、かと思えばワグナーの管弦楽曲を教会の大オルガンでスペクタクルに弾きまくる。
そりゃ、わけわからんわな。いわゆる「鬼才」といわれた人だ。
彼の日本でのデビュー盤となったのが『ゴールドベルク変奏曲』。全曲うpしてくだすった奇特な方に感謝。
おかげで僕も初めて通して聴くことができたのだが、一聴して分かるようにきわめてオーソドックスでありながら、一筋縄でいかないリリカルさを秘めている。だが、感覚的というよりは、時代考証とかもひとしきりちゃんとやったうえで自信を持っての確信犯的な結果であるように聴こえる。
その点では、行きつく先は180度違うものの、グールドと相通じる姿勢がたしかにあるのかもしれない。ま、それこそ、現在だからそう言えることなのだが・・・
70年代中盤以降は表舞台から姿を消したように思われがちなアンソニー・ニューマンだが、いまでもばりばり現役で学究肌の演奏は健在。また、作曲家としても多く活動している。
2015年2月11日水曜日
毎日がブルースだってばさ(その2)
最近のB.B. KINGのステージ映像など観るに、やっぱスゴいやと思う。
ふだんは車椅子がないと動けねぇんじゃねぇかっつう感じなのに、もちろんスツールは欠かせないものの、きっちりステージをこなす。
さすがに往年の勢いが衰えたとはいえ深みのある唄声は健在で、永遠に続くんじゃないかと思わせるほどなめらかなサスティーンのかかったギターは、すでに円熟した一芸の域だ。
ところが、レコードとか通して聴くのはちょっとツラいな・・・と思っていたのが本音。
確立した「スタイル」なのは判っているが、そればっかと思うと少々食傷してしまうのだ。
マディ・ウォーターズ(とくに後期)とか、筋金入りのブルースファンでもそう思ってる人は意外と多い。もちろん B.B. やマディの良さ、凄さは充分知ったうえでだが・・・
でも、この音源聴いたときは心底たまげた!
ビッグバンドをバックにこんなシャレオツなフレーズをこんなドライヴしまくった音で弾かれたら、もうたまらん!
それでいて、この伸びやかな声。気負いやこれみよがしなところが一切なく、絶妙にツボにハマってくる。
70年代初頭の日本でのライヴ盤。もともと国内でしかリリースされていなかったため世界的には認知が遅れたようだが、こいつぁひょっとしてあの『Live at the Regal』を凌ぐ超名盤ではないのか?
「ライヴ・イン・ジャパンに名盤が多い」というのは、なるほどうなずける話だ。
ふだんは車椅子がないと動けねぇんじゃねぇかっつう感じなのに、もちろんスツールは欠かせないものの、きっちりステージをこなす。
さすがに往年の勢いが衰えたとはいえ深みのある唄声は健在で、永遠に続くんじゃないかと思わせるほどなめらかなサスティーンのかかったギターは、すでに円熟した一芸の域だ。
ところが、レコードとか通して聴くのはちょっとツラいな・・・と思っていたのが本音。
確立した「スタイル」なのは判っているが、そればっかと思うと少々食傷してしまうのだ。
マディ・ウォーターズ(とくに後期)とか、筋金入りのブルースファンでもそう思ってる人は意外と多い。もちろん B.B. やマディの良さ、凄さは充分知ったうえでだが・・・
でも、この音源聴いたときは心底たまげた!
ビッグバンドをバックにこんなシャレオツなフレーズをこんなドライヴしまくった音で弾かれたら、もうたまらん!
それでいて、この伸びやかな声。気負いやこれみよがしなところが一切なく、絶妙にツボにハマってくる。
70年代初頭の日本でのライヴ盤。もともと国内でしかリリースされていなかったため世界的には認知が遅れたようだが、こいつぁひょっとしてあの『Live at the Regal』を凌ぐ超名盤ではないのか?
「ライヴ・イン・ジャパンに名盤が多い」というのは、なるほどうなずける話だ。
2015年2月5日木曜日
毎日がブルースだってばさ!
和訳になってないwww
セッションの定番曲としても、ブルースの世界では十八番(日本語おかしい)。
あまたのブルースマンがカバーし、BBがコンサートのオープニングに Pump up してブッ早く飛ばし、やさぐれたT-Boneがどファンキーにキメて、ジョーウィリアムズがベイシー楽団をバックに朗々と唄い上げ、かたやジョーターナーは Pee Wee クレイトンを従えてルーズな泥臭さの極致をみせた、超有名曲!
・・・のオリジナルが、これだという。
ブルーズのオリジナルといっても、ずっと伝誦されてきた常套句なフレーズに若干アレンジ加えました的なケースが多いが、音盤に記録されたという意味では間違いなくコレが最初だろう。
1935年、シカゴでの録音とのこと。
メンフィススリムやローウェルフルソンが原作者とも言われるが、上の演奏を聴いたメンフィススリムが「Nobody Loves Me」のタイトルでカヴァーし、それに触発されたローウェルが再び元のタイトルで再演(?)しヒットさせた経緯があるからで、まぁどれもが間違いではないwww
セッションの定番曲としても、ブルースの世界では十八番(日本語おかしい)。
あまたのブルースマンがカバーし、BBがコンサートのオープニングに Pump up してブッ早く飛ばし、やさぐれたT-Boneがどファンキーにキメて、ジョーウィリアムズがベイシー楽団をバックに朗々と唄い上げ、かたやジョーターナーは Pee Wee クレイトンを従えてルーズな泥臭さの極致をみせた、超有名曲!
・・・のオリジナルが、これだという。
ブルーズのオリジナルといっても、ずっと伝誦されてきた常套句なフレーズに若干アレンジ加えました的なケースが多いが、音盤に記録されたという意味では間違いなくコレが最初だろう。
1935年、シカゴでの録音とのこと。
メンフィススリムやローウェルフルソンが原作者とも言われるが、上の演奏を聴いたメンフィススリムが「Nobody Loves Me」のタイトルでカヴァーし、それに触発されたローウェルが再び元のタイトルで再演(?)しヒットさせた経緯があるからで、まぁどれもが間違いではないwww
2015年2月3日火曜日
ねこすけモデルにラベルを貼る
ふつうにつまらんタイトルだが、まぁいちおう自分のポートフォリオもかねてなwww
せっかくだから、作っていただいたウクレレにラベルを貼ることにした。
Adobe illustrator で、こんなふうに・・・
似顔絵(?)イラストと「猫助」のモデル名は同居人様の筆によるもので、名刺を作り替えたとき描いてもらったのをデータ化しておいたもの。
貼る前にお伺いを立てつつKWSさんとHYCさんに見せたら、「ウチのラベルも作ってくれよぉ〜」ということで、近いうちKWSギターズのサウンドホール内にも、わしデザインのレッテルが貼られるかもwww?
で、さっそく貼ってみる・・・
なんとなく、ちょっとだけ、よりいい音になったようが気がする(自画自賛?)www
せっかくだから、作っていただいたウクレレにラベルを貼ることにした。
Adobe illustrator で、こんなふうに・・・
似顔絵(?)イラストと「猫助」のモデル名は同居人様の筆によるもので、名刺を作り替えたとき描いてもらったのをデータ化しておいたもの。
貼る前にお伺いを立てつつKWSさんとHYCさんに見せたら、「ウチのラベルも作ってくれよぉ〜」ということで、近いうちKWSギターズのサウンドホール内にも、わしデザインのレッテルが貼られるかもwww?
で、さっそく貼ってみる・・・
![]() |
| ちょっと心霊写真っぽくなっちゃったorz |
2015年2月1日日曜日
展覧会の、え"?
あーまたどんずべりぃなタイトルを・・・
この曲、なぜかパイプオルガンで聴くのが好きだ。
そういえば、エマーソン・レイク&パーマーの有名なライヴ盤も、あの演奏に限っては冒頭の「プロムナード」はコンサートホールのパイプオルガンで弾かれている。
第2曲「小人」に移行する前にカール・パーマーの短いドラムソロがあるのは、エマーソンがパイプオルガンからムーグ・シンセのキーボード・ブースにたどり着くまでの時間稼ぎでもある。
ダッシュで階段を駆け下りてきたのかなwww?
それはさておき、この曲はもともとピアノ独奏曲で、ロシアの作曲家ムソルグスキーが画家であり建築家でもあった亡くなった友人の「遺作展」に立ち会ったときの想いをモチーフにしたもの。
荘重で、ある種の哀愁もくすぐるようなスケール感の大きな楽曲だからか、ピアノ以外の編曲も多い。いちばん有名なのはフランスの作曲家モーリス・ラヴェルによるオーケストラ版だが、その他にも指揮者のストコフスキーをはじめ多くの管弦楽編や木管・金管アンサンブル版が存在する。「世界のトミタ」のシンセサイザー版、ってのもあるな!
このオルガン奏者のバージョンは実はCDがあるのは知っていたんだが、ライヴ映像があるのは知らんかった。
多少長尺だが、お楽しみあれ・・・
この曲、なぜかパイプオルガンで聴くのが好きだ。
そういえば、エマーソン・レイク&パーマーの有名なライヴ盤も、あの演奏に限っては冒頭の「プロムナード」はコンサートホールのパイプオルガンで弾かれている。
第2曲「小人」に移行する前にカール・パーマーの短いドラムソロがあるのは、エマーソンがパイプオルガンからムーグ・シンセのキーボード・ブースにたどり着くまでの時間稼ぎでもある。
ダッシュで階段を駆け下りてきたのかなwww?
それはさておき、この曲はもともとピアノ独奏曲で、ロシアの作曲家ムソルグスキーが画家であり建築家でもあった亡くなった友人の「遺作展」に立ち会ったときの想いをモチーフにしたもの。
荘重で、ある種の哀愁もくすぐるようなスケール感の大きな楽曲だからか、ピアノ以外の編曲も多い。いちばん有名なのはフランスの作曲家モーリス・ラヴェルによるオーケストラ版だが、その他にも指揮者のストコフスキーをはじめ多くの管弦楽編や木管・金管アンサンブル版が存在する。「世界のトミタ」のシンセサイザー版、ってのもあるな!
このオルガン奏者のバージョンは実はCDがあるのは知っていたんだが、ライヴ映像があるのは知らんかった。
多少長尺だが、お楽しみあれ・・・
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